ブログ逃避
『現実逃避』
ならよく言いますし耳にもしますが、
ブログ逃避
というのをしてました。
うまく言えないのですが。
お妙、ブログ逃避をする少し前に
初恋……じゃないんですが、初デートしたことのあった
(あれはデートだったのか…そうじゃないのかわからんが)
学生時代好きだった男の子が
実は自殺で亡くなりまして。
もう何年も会っていないし、連絡もとっていない相手だったんですが、
最後のお別れというか、
思い出の中で最後にお妙が彼にとった行動が
あまりいいものではなくて、
それがずっと心のどこかにひっかかっていたので
ときどき思い出しては、元気だろうかと考えていた相手だったので
ちょっとショックが想像以上に大きくて。
それで、なんとなくいろんなことを思っているうちに
ブログとはなんとなく距離を置きたくなって。
このブログに、その彼のことを書こうと一度したんですが
どうも全然うまく言葉にならなくて、
それに、彼の死をブログに書くということ自体にも
「どーなのよ?」と
なんとなく迷いがあったというか。
かといって、なんでもない顔でブログを継続し続けることも
どうしてかどんどんつらくなってきて。
だから、
それなら書かなきゃいーじゃん。
休めばいーじゃん。
と思って、他のブログを訪問するのも全部一回
お休みしました。
お妙真面目なので、たぶんちょこっと、
このブログに魂入れてるっていうか、
たぶんあんまりちゃらんぽらんにいろいろ書けないとか
余計なこと考えてたんでしょうね(*゜v゜*)
でも、その彼の死はちょっと特殊だったので、
ちょっとばかりつながりがあって、
彼の死をきっかけに、お妙は結構真剣にウェブ上に
人が言葉を発することの責任というか重みというか
その影響というものを、つくづく感じました。
なんでもない気持ちで書いてることを、
どんな立場のどんな人が見るかわからないのは
結構恐いかも……なんて思ったりして。
普通のこと書いてれば、大概そんなの関係ないと思うんですけど。
でも、少し時間が経って、彼の死をちゃんと悲しんだし
ワンクッション置いてよかったな。
彼は、絶対に自殺なんてしないような人種だと思ってたから
お妙はいつかどこかで会えるだろうって
そんなふうに思ってたんだけど、
結局彼には何も言えないまま
もう2度と会うことはなくなってしまって
それは、想像していたよりずっとずっとつらい経験でした。
遺された人がつらいっていうのは事実なんだなと感じたし
彼の側にいた人は、どんな思いだろうと想像すると
とてもやりきれないけれど
だからといって「自殺は絶対にいけない」なんて
テレビのコメンテーターみたいにズバッと言えないのは
お妙のもともとの性格によるものだとは思うんだけど
自殺はいけないというよりも
彼がもういないという悲しさが、今はそれに勝っています。
でもお妙が悲しむのは、勝手なことだから。
それを理由に自殺を否定したら、
なんとなく、本当に救いがなくなってしまう気がする。
彼が、亡くなってもなお苦しむことのないように
そう祈ることが精一杯。
ただお妙は、どうしても消えない後悔が
とてもつらい。
でも、他の人巻き添えにしちゃ、それはまずいねやっぱり…。
最近流行ってるから…。
(ぽえ兄さまが前にコメントに書いてたけど)
彼はそういうことは、しませんでした。
彼の名誉のために付け足しときます。
みんなが、死にたいと思わずに生きていける世界は理想だけど
たぶん人間であるということは、
「そうなれない」
ってことなのかもしれないな
なんて、これちょっと絶望的な考えかしら。


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